『存在の彼方』東京、講談社(学術文庫)、1999.)

 が、諸存在が集合態をなして現前するのは、生成流転することなき現在、裂け目を有することも突発事をはらむこともない現在においてでしかない。記憶と歴史の力を借りて、かかる現在は、物質的団塊のごときものとして規定された全体性を覆い尽くす。

 記憶と歴史に依存しているがゆえに、この現在はその大部分が再現前である。諸存在は、このような現在のうちで集合態をなし、現前する。この限りにおいて、何ものも内存在性の利害関係から逃れることはない。

 諸存在が形成する塊は永続し、内存在性の我執も消え去ることがない。超越はまがいものの超越でしかなく、平和はぐらついている。平和は諸存在の利害の言いなりである。

(E. レヴィナス 『存在するとは別の仕方で あるいは存在することの彼方へ』 朝日出版社 p. 21)

 存在することからの剥離が可能であるかどうか、この点を考えてみなければならない。そうすることで、私たちはどこへ行こうとしているのか。どんな地帯に足を踏み入れようとしているのか。いかなる存在論的平面に身を置こうとしているのか。

 けれども、存在することからの剥離は「どこ」という問いの無条件な特権に異議を唱える。存在することからの剥離は非場所(non-lieu)を意味しているのだ。存在することは、どんな逸脱をも包含し回収できるものと思い込んでいる。否定性しかり、無化しかり、非存在しかり、である。ちなみに非存在は、プラトンにおいてすでに、「ある意味では存在するもの」であった。

 そこで、私たちとしては、「存在とは他なるもの」という逸脱が、存在しないことを超えて、主体性ないし人間性を意味するものであることを示さなければならない。つまり「存在とは他なるもの」は、存在することの属領たることを拒む自己自身としての主体性なのである。自我は比類なき唯一性である。なぜなら、自我は類の共通性や形式の共通性から放逐されているからだ。だからといって、自我は自己に休らうことも自己と合致することもできない。自我とは動揺である。このように、自我という唯一性は自己との合致ではなく、自己の外、自己との差異(difference)である。

 が、この差異は単なる差異ではない。いわゆる差異は差異それ自体の外に対する無関心(indifference)に転じかねない。これに対して、自己との差異のうちにとどまることのない非−無差別性(non-indifference)、すなわち自己の外に対する無関心の不可能性にほかならない。

(E. レヴィナス 『存在するとは別の仕方で あるいは存在することの彼方へ』 朝日出版社 p.28)

 他人への自己の開け、それは何らかの始原によって自己を条件づけ、自己を基礎づけることではない。他人への自己の開けは、定住的な住人にしろ流浪する住人にしろ、住むものが有する固定性ではない。他人への自己の開けは、場所の占拠、建てること、安住することとは全く異なる関係である。

 他人への自己の開け、それは呼吸であり、呼吸とは幽閉からの解放としての超越である。呼吸がその意味を余すところなく明かすのは、他者との関係において、隣人の近さにおいてであり、この近さが隣人に対する責任、隣人の身代わりになることである。とはいえ、このような気息は存在しないことではない。この気息は内存在性の我執からの超脱であり、存在することから、存在と存在しないこと双方から排除された第三項なのである。(中略)

 自己を超越すること、わが家から脱出し、ついには自己からも脱出するに至ること、それは他人の身代わりになることである。自己を超越することは、自分自身を担いつつ巧みに自己を導くことではない。それは、自分自身を担いつつも、唯一無二の存在としての私の唯一性によって、他人に対して贖うことである。

 世界も場所も有さざる自己の開けとしての空間の開けは非場所であり、何ものにも取り囲まれないことである。このような空間の開けは、最後まで息を吸い込んでついにはこの吸気が呼気に転じることである。かかる開けないしは呼気、それが<他者>の近さであり、この近さは、他者に対する責任、すなわち他者の身代わりになることとしてのみ可能である。

 他者の他性は他性なるものの一特殊例、その一種ではなく、他者本来の例外性である。他者が超越を意味するのは、より正確に言うなら、そもそも他者が意味するものであるのは、他者が新たなもの、未曾有の何ものかだからではない。そうではなく、他者から新しさが到来するがゆえに、新しさのうちには超越と意味が宿っているのだ。

 存在のうちで、新しさが「存在するとは別の仕方で」を意味するのは、<他者>によってである。

(E. レヴィナス 『存在するとは別の仕方で あるいは存在することの彼方へ』 朝日出版社 p.324-326)


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