どんな本を買えばいいか

 哲学を学ぶには、三種の神器と呼ばれるものがあります。それは事典、哲学史、そして各種概説書です。

哲学事典は哲学用語の基本的な意味を理解しておくのに絶対必要です。これには哲学者の人名辞典という形でその思想を解説しているものもあるし、作品ごとに項目を立てているのもあります。岩波の事典や『哲学基本事典 哲学入門』は全部一緒になっているので便利です。 初学者や哲学を専攻しない人には平易な言葉で術語を解説・考察している三一書房の『哲学・論理用語辞典』とか『哲学の木』が便利かもしれない。入門の時期が終わって、本格的に哲学的な用語とつきあいたいという人には東京堂出版の『哲学用語辞典』を強くお勧めする。もちろん岩波のは哲学を専攻する者にとっては必須。これらに物足りなく思うようになったら、平凡社の『西洋思想大事典』が待っている。これを読むようになったら、もうあなたは立派な哲学や思想研究の道に足を踏み入れている。

哲学史はよほどいいものでないとつまらないし、低レベルのが多い。岩波文庫にはいっているシュヴェーグラーなどはよく参照されたりするが、これははっきり言って歴史的遺物であり、確かにカントやヘーゲルに関する概説としてはまだ多少は役に立つかもしれないが、哲学史そのものとしてもう時代遅れなものだ。まあとにかく、順を追って紹介するかな。初心者には岩田靖夫の『ヨーロッパ思想入門』が分かりやすくてお勧め。ほかには新田さんの『哲学の歴史』は哲学史というよりかは哲学入門の本だけれどもやはりお勧め。貫成人さんの『哲学マップ』も大ざっぱに哲学史をとらえるのに適しているだろう。しかし本格的に勉強をするとなると、必携したい哲学史本は、哲学を勉強し始めて10年たっても使えるものでなければならない。そうした本当に使えるものと言えばシャトレ編の『西洋哲学の知』、ブレイエの哲学史などがやはり筆頭にあげられるかな。ヴィンデルバンドの哲学史もいまだ参照に値するものだし、この手のものはほかには『西洋思想大事典』しかないので持っておくと便利だ。日本人の書いたものであれば波多野精一『西洋哲学史要』は古いものだけれど読むに値する本ではある。とは言え、やはりミネルヴァ書房の『西洋哲学史』が一番のお勧めになる。

あとは時代ごとの哲学史本になるが、これはすでに半分概説書のレベルのものになる。とは言え、時代ごとにこのレベルのものを一冊ずつ持っておくととても便利。 ソクラテス以前では、広川洋一の『ソクラテス以前の哲学者』がなかなかよい。ほかに古代のはブレイエやミネルヴァのものをすでに挙げた が、新しいアーウィンの『西洋古典思想 : 古代ギリシア・ローマの哲学思想』(東海大学出版会)もよいかも。 ヘレニズム哲学はロングの『ヘレニズム哲学』が本格的。中世はリーゼンフーバーの『西洋古代・中世哲学史』のが便利。同じ人物の『中世思想史』はあまり便利ではないし、記述に古さも見られるから多少不安なので、やはりブレイエのものを参照するのが一番いいのかも。ルネサンスはシュミット&コーペンヘイヴァー『ルネサンス哲学』に比肩しうる本はない。近代はたくさんあるけれど、 とりあえずは量義治の『西洋近世哲学史』(講談社学術文庫)がなかなか勉強になる。円谷裕二の『近代哲学の射程 有限と無限のあいだ』もやはり放送大学教材で、よい本だ。フランクリン・L・バウマー の『近現代ヨーロッパの思想』も概説書のレベルだけれどやはり良書。本格的に勉強したい人にはやはりカッシーラーの『認識問題』がおすすめ。ちょっと理解が古い部分もあるが、近代哲学の問題を知るには今でもとてもよい 。ドイツ観念論については、放送大学教材の『ドイツ観念論への招待』がよさそうだし、最近出ている『講座 近・現代ドイツ哲学』(「カントとドイツ観念論」と「ヘーゲル以後フッサールまで」の二巻が出ている)もよさそう。 それ以降の哲学では、とくにまとまった流れとかもなく、なかなか哲学史が作れないということもあるので、本は少ない。 ミードの『西洋近代思想史』などはよくまとまった方かな。ヘーゲル以降では実存思想が唯一大きな流れだけど、これについてもろくな本がない。現代はクリスチャン・デカンの『フランス現代哲学の最前線』やシャトレの『西洋哲学の知』最終巻くらいしかお勧めできるものがない。あとは個々のトピックごと、例えば新曜社から「ワードマップ」として出ている『現代言語論』や『現代フランス哲学』などを参照すればよい。 あとは岩波講座の現代思想(1993-1995)はけっこうよいので、興味のある巻を買っておくとよい。絶版だが古本で安くて手にはいる。晃洋書房から出ていた現代哲学の根本問題(1978-1980)は外国人の論文を集めたシリーズで、どれもかなりハイレベル。

外国語の本も挙げておく。上で挙げたアーウィンやシュミット&コーペンヘイヴァーの本は実はOxford University Pressが出しているA history of Western philosophyの一冊(シリーズNo.1と2)。どうもなかなかすごいシリーズみたいですな。これにはすでにJohn Cottingham, The rationalists, Oxford University Press, 1988. (OPUS ; . A History of Western philosophy ; 4)。R.S. Woolhouse, The empiricists, Oxford University Press, 1988.  (OPUS ; . A History of Western philosophy ; 5)。John Skorupski, English-language philosophy, 1750 to 1945, Oxford University Press, 1993.  (OPUS ; . A History of Weste rn philosophy ; 6)。Robert C. Solomon, Continental philosophy since 1750 : the rise and fall of the self, Oxford University Press, 1988. (OPUS ; . A Hist ory of Western philosophy ; 7)が出ている。同じ出版社から入門編のThe Oxford illustrated history of Western philosophyという楽しそうなよい本も出ているので、初学者はこちらで英語から哲学に入るのもいいかもしれない。

さて、概説書とは個々の哲学者を勉強する上で助けになる本のこと。これはかなり研究が盛んな哲学者のしか出ていないかもしれない。しかしカントやヘーゲルなど著作やその哲学の内容が多岐にわたる哲学者の場合、さまざまなところでたびたび参照されるので、一冊まとまった概説書をもっておくととても便利。カントについてはカッシーラー『カントの生涯と学説』が三批判を扱っていて、山口の『カントにおける人間観の探求』もカントの全体像が見えるようになっている。ヘーゲルは『精神現象学』の概説書は多いけれど全体を見渡したものは加藤尚武編『ヘーゲルを学ぶ人のために』くらいしかない。フッサールは『フッサールの思想』が基本文献 で、晃洋書房の『現象学の根本問題』なんかも持っておくとよいかも。ベルクソンはジャンケレビッチのが有名だ。ハイデガーは小野真『ハイデッガー研究 死と言葉の思索』が一番浩瀚で便利そう。「現代思想の冒険家たち」シリーズにも便利そうなのが多く、レヴィナス、バタイユのや鷲田清一『メルロ=ポンティ 可逆性』や、高橋『デリダ 脱構築』などはまあまあよいだろう。


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